日本食肉消費総合センター主催セミナー
日本のブランド牛について語る
基調講演
和牛ブランドの歴史(抄録)
京都大学名誉教授・JY諮問委員
二本松学院学院長
宮崎 昭氏
今や280あまりの銘柄を数える国産ブランド牛。
全国の生産者が日々、品質の向上に努め、その美味しさは海外でも知られている。
ブランド牛はいつ登場し、いかに支持を得てきたか。
本誌連載『畜産西方見聞録』の筆者・宮崎昭氏が解説した。
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| ■牛肉文化は西高東低 |
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よく「東の馬、西の牛」と言いまして、牛は圧倒的に西日本にたくさん飼われておりました。歴史的にも牛とのつながりは西日本の方が深いんです。
その始まりは、牛の先祖が朝鮮半島を通って日本に入って来て、都のあった京都、奈良のあたりの水田地帯に定着をしていったわけなんですね。
京都で葵祭のときに牛が花車を引っ張るのをご覧になったことがあるかと思います。
あのように牛が乗用に使われるのは、牛車と書いて「ぎっしゃ」と読みますが、荷物を引いたりするのは「うしぐるま」、「ぎゅうしゃ」というふうに、同じ字でも読み替えをする文化がございます。
それほど西日本は牛とのつき合いが長いわけで、牛を食べる習慣も西日本の方が盛んでした。
もちろん、日本では長い間、牛などを食べてはいけないことになっていたんですけれども、武具をはじめ、いろいろな道具を作るためには皮が必要です。
皮だけとって肉を捨てることはあり得ない話で、特に関西では牛を食べる食文化が長く続いてきました。
今でこそ牛肉は値が高くなりましたが、昭和35年ごろまでは鶏よりも豚よりもはるかに安かったです。
私が小学生のころ、京都の家庭では土曜日か日曜日には、たいていすき焼きを食べて、月曜日のお弁当には、すき焼きの残りを持っていく、そんな食生活をしていたものです。
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| ■ブランド第一号は近江牛 |
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最初にブランドと認められた牛は、近江牛です。
彦根藩は武具の素材になる皮を作ることを全国で唯一、幕府から許された藩で、ですから近江は昔から大事に牛を飼うところだったのです。
それがひいては肉としても美味しいということで、知られるようになりました。
きっかけは明治2年にひとりの家畜商が、一頭の牛をひいて近江から東海道をのぼって、東京・横浜で売った。それがとても美味しいと言われたわけです。
それじゃ定期的に送ろうということで、牛が東海道を移動していく時代が続きます。
東海道の宿は牛をつなぐために、金属の輪っかを家の前に設けて、人も牛も泊まれるようにしていたのです。
ほどなく、近江の牛は素晴らしく美味しいと評判になりました。
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| ■積込港の名がブランド名になった神戸牛 |
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とはいえ、東海道を何日もかけて歩くのは大変なことです。
やがて神戸に港が整備されると、明治15年ごろから、牛を日本郵船のデッキに積んで横浜に送るようになりました。
船倉は狭いので、日本郵船はなかなか船積みを許さなかったんですが、デッキにつなぎ「時化がひどいときには、牛は海に落とす」という、そんな契約をして、運んだのです。
こうして近江牛を中心とした関西の牛が、効率よく、神戸港から横浜港に送られるようになりました。
これが外国人たちの間で「美味しい」と評判になり、彼らが「神戸ビーフ」という言葉を使いだします。
神戸から来る牛は素晴らしく美味しいというので、近江牛を神戸港から船に積んだものでも「神戸牛」と言ったわけです。
こうして神戸牛はトップブランドになりました。
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| ■新勢力、松阪牛の台頭 |
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しばらくすると松阪牛が登場します。
近江牛も松阪牛もルーツは同じ、兵庫県の但馬地方です。
但馬で生まれた子牛が、京都を通って滋賀県へ運ばれて飼育されたのが近江牛。
大阪を通って和歌山のミカン山で農作業をしたのち、松阪へ運ばれてきたのが松阪牛です。
松阪牛は、とても上手に全国に名を広めました。
お伊勢参りをした人たちによって「松阪の牛はものすごく美味しい」と口伝えに広がっていったんですね。
はじめは松阪だけで商ってたんですけれども、やがて東京の銀座に松阪肉を扱う料理屋さんが出店します。
イタリアの『世界残酷物語』という映画で、松阪牛にビールを飲ませて育てる場面が紹介されて話題になったり、さらに雑誌の対談で徳川夢声さんたちが「肉は何と言っても松阪だね」という話をしたのがきっかけで、とうとう松阪牛がトップのブランドになったというわけなんです。
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| ■東日本産ブランド牛も |
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ごく限られているんですけれども、東日本にもブランド肉はあります。
米沢牛は明治時代から東京あたりでは評判が良かったんです。
当時の横浜の外国人居留地の人たちの間で「美味しい」と有名になったんですけども、数量が非常に少なかったと思われます。
今や、米沢牛はブランド肉の核をなす銘柄になりまして、勢いを感じます。
そういうわけで、近江牛、神戸牛、松阪牛、米沢牛、この4つが日本の歴史のある代表的なブランドです。
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| ■300近いブランド牛が |
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その後、昭和50年ごろから、全国で牛をブランド物にしようという動きが出ました。
これは輸入牛肉に対抗するためと、産地間の競争に勝つのはブランドだということで、全国各地にブランド牛がいっぱいできました。
最近の統計では現在281のブランド牛が全国にあるということです。そのうち155が和牛でございます。
近代になって頭角を現した新しいブランドの代表は前沢牛ですね。
前沢は馬の生産地帯でしたが、中国地方から黒毛和種を入れまして、生産者のみなさんがよく勉強されて、素晴らしい牛を作る産地になりました。
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| ■進化する美味しさに期待 |
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どの生産者も努力して良い牛肉を作られるので、小さなブランドでも良いものが出てくるのが現状です。
北海道から九州、沖縄まで、さまざまなブランド牛ができました。
それぞれの生産者が情報交換し合いながら、より良いブランド牛を作ろうと意欲に燃えている時代でございます。
焼肉店のみなさんが上手にブランド肉を利用なさって、お店の発展に結びつけられることを願っております。
文責・やきにく編集室
※キャプション
兵庫県但馬地方で放牧される、近江牛・松阪牛のルーツ、但馬牛。
※情報誌「やきにく」バックナンバー
http://yakiniku.or.jp/sho/book.html
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